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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2182号 判決

控訴人 松田しづ

被控訴人 中外印刷株式会社破産管財人 荻山虎雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において「昭和三五年一一月一〇日に破産会社が手形を不渡にした事実は認めるが同日支払停止をしたことは否認する。破産会社は同月九日まで不渡手形を出すことなく正常な取引を続けており偶々翌一〇日の手形支払資金の準備が間に合わずその後結果的には買戻資金の調達に失敗したため破産決定を受けるに至つたのであるが、一一月一一日控訴人が本件登記手続を完了したときはまだ従前の企業自体の信用と多数の未収売掛代金債権、企業資産を有し、手形買戻資金の調達が不可能で一般的に支払停止をなす事態に至つたとは客観的に判断できる段階ではなかつた。仮りに一一月一〇日が支払停止日であるとしても、もし本件登記をその権利変動の実体に副うように森脇文庫名義の仮登記を本登記にした上控訴人に名義変更をしておれば否認の対象にならなかつたのであるが、本件は偶々便宜的な登記方法である中間省略により破産会社から控訴人に直接移転登記をなしたものであつて権利変動の実体には前者といささかの差異もないのであるからその権衡上本件は否認の対象から除外さるべきである。」と付陳した。証拠〈省略〉

理由

破産者中外印刷株式会社は各種製版、印刷、出版、製本等を営業とする資本金八〇〇万円の会社であつて訴外大日精化工業株式会社外一名からの破産申立により昭和三六年四月五日破産宣告を受け、同日被控訴人が破産管財人に選任せられたこと、破産会社は同三五年一一月一〇日その振出にかかる手形を不渡にしたこと及び別紙目録〈省略〉記載の土地につき同月一一日東京法務局台東出張所受付第二五八九二号を以つて同日付売買を原因とし破産会社から控訴人に所有権移転の登記がなされたこと、並びに控訴人が本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

被控訴人は、本件土地は昭和三五年七月一九日破産会社から控訴人に譲渡されたと主張するに対し、控訴人は同日破産会社から訴外安全投資株式会社に譲渡されさらに同日同会社から控訴人に譲渡されたものであると主張するので判断するに、成立に争いのない乙第一号証、原審証人渡辺一夫、同平本方、同河野善博、原審及び当審証人森脇将光の各証言並びに弁論の全趣旨によると、昭和三五年七月一九日破産会社と森脇将光が代表者である訴外安全投資株式会社との間で、破産会社は安全投資株式会社に対して負担している金七、五〇〇万円の債務の代物弁済として破産会社所有の本件土地を譲渡し、安全投資株式会社又はその指示する者の名義に所有権移転の登記手続をすることなる裁判上の和解が成立し、この約定に基き安全投資株式会社はその譲受にかかる本件土地を同日控訴人に対して譲渡し同年一一月一一日前記控訴人名義の所有権取得登記がなされたことを認めることができる。同年一一月一一日付売買をその登記原因であるとする甲第三号証の一ないし三の記載は右各証拠に照らし措信できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると右登記は権利の移転のあつた日から一五日を経過し且つ破産会社が手形を不渡にした日の翌日になされたものであることが明らかである。

ところで控訴人は右手形の不渡を出した同三五年一一月一〇日が破産会社の支払停止日であることを争い且つこれにつき善意なる旨を主張する。

よつて判断するに成立に争いのない甲第一号証、原審証人河野善博の証言によつて真正に成立したものと認める甲第二号証の一、二、及び原審証人河野善博、同平本方並びに原審及び当審証人森脇将光(後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると、昭和三五年一一月初旬頃破産会社が負担していた債務は約三億円であつて同月一〇日に約八五〇万円の手形を決済すべき必要に迫られていたところ、右八五〇万円のうち約六五〇万は現金、廻り手形等で支払いできる見込みはあつたが残額約二〇〇万円についてはこれが支払資金に窮したので同月九日破産会社代表取締役河野善博は同会社経理部長、総務部長等と共に右六五〇万円の手形等を持参して日本橋室町の訴外株式会社森脇文庫に森脇将光を訪ね前記支払手形を含む同月における破産会社の経理内容を説明した上二〇〇万円の融資方を懇請した。(なお破産会社は森脇から昭和二五、六年頃より融資を受けていた)然し同会社の経理内容を知つた森脇は同夜に至り二〇〇万円の融資申入れを拒絶し、かえつて河野等が持参した右六五〇万円の手形等を自己会社の貸金の担保に取り上げてしまつたので破産会社としては同月一〇日満期日の到来する前記八五〇万円の手形の決済をなし得る方策はなく結局債務の支払をなし能わざる状態に立到り、ついに同月一〇日債務の支払を停止したことが認められる。右認定に反する原審及び当審の証人森脇将光の証言は右各証拠に照らし措信できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかも右事実よりすれば、森脇は破産会社に対し長期に亘つて多額の融資をなしていた関係から破産会社の経営状況についてかなり詳しく知つていた上支払停止日の前日破産会社の代表取締役等から同会社の経理内容を聞き及んでその経営が危殆に瀕していることを知つたものと推認し得るところであり、従つて森脇において河野等が持参した約六五〇万円の手形等を取り上げ且つ二〇〇万円の融資を拒絶した場合には破産会社は前記手形の支払期日たる同年一一月一〇日に手形の不渡をし一般債権者に対し支払を停止せざるを得なくなることを十分に承知していたものといわなければならない。

そして破産会社から控訴人への所有権移転登記は、前記和解条項に基き破産会社から引渡されていた登記手続に必要な一件書類により、森脇が控訴人を代理してなしたものであることが原審及び当審における証人森脇将光の証言によつて認められるから、右登記に関し破産会社の支払停止の事実についての善意悪意は森脇によつて決すべきところ、前認定のとおり森脇は悪意であつたということができる。

また控訴人は、本件土地につき先に森脇文庫名義で仮登記がなされていたところ便宜上これを本登記にせず中間省略による別の本登記をなしたもので実質的には仮登記に基いて本登記をしたのと異らないから否認の対象から除外されるべきである、と主張するのであるが、仮りに実質的にはそうであつたとしても本件登記が登記簿上仮登記に基く本登記になつていない限り(成立に争いのない甲第三号証の一ないし三によれば本件登記は森脇文庫名義の仮登記とは別個の本登記であることが認められる)第三者に対しては右主張を以つて対抗できないものと云わなければならない。

以上により本件土地につき破産会社から控訴人に対してなされた所有権移転登記を否認し、否認の登記手続を求める被控訴人の本訴請求(被控訴人は抹消登記手続を求めているが右は破産法上の否認の登記手続を求めているものと見るべきである)は正当であり、これを認容すべきである。又右登記の否認せられた結果控訴人はその所有権取得を以つて被控訴人に対抗できないから、破産管財人たる被控訴人は本件土地の管理処分権に基き占有者たる控訴人に対し本件土地の引渡を求める権利を有するものである。よつて右土地引渡を求める被控訴人の請求も正当である。

すなわち被控訴人の右各請求を認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 加藤隆司 安国種彦)

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